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おん祭り


春日若宮おん祭の一連の行事のうち、若宮神を本殿からお旅所の行宮にお遷し申しあげる遷幸の儀を拝見し、25年越しの思いをようやく叶えることができた。


12月 15日  晴れ

東京はさらに冷え込んだ。
朝、大きな交差点で信号待ちをする人たちは皆、日向を選んでひとかたまりになって立っている。
私は明日奈良に出かけ、日付がかわる午前零時より始まる遷幸の儀に初めて参詣するのだ。
真夜中の盆地の寒さに対する心構えの手始めとしてまず姿勢を正し、信号が青に変わるのを風の冷たい日陰で待った。
そして人々に姿をお見せになることのない若宮さまがお旅所まで心持ちよく遷られますようにと、自分が春日大社の参道脇に自生する草や木となるイメージトレーニングを試みた。


以下、こころのなかでの覚書き
記憶に間違いがあるかもわからない


夕方からの雨はやまなかった。

さしている傘にあたる雨音にまじって低い太鼓の音が聞こえたような気がする。
午前0時をまわったのか。

二の鳥居からお旅所にむかい、松明でゆっくりとふた筋の火の粉の結界がひかれる。
参道が清まる。
火の粉は徐々に消えてまた闇にもどる。

ヲーーーーー ヲーーーーー ヲーーーーーー
という、いくつもの静かな声の重なりが本殿のほうからかすかに聞こえてきて白い番傘と白い装束の集まりが二の鳥居の奥に浮かびあがる。
声とともにそれらがゆらゆらとだんだんに近づき、、

幾人もの神職に守られた若宮神の気配がわたくしたちの前を通り過ぎる。
なにか香りが残る。

目にしたすべての光景は目をとじて見ているようだった。
春日宮曼荼羅のなかにまぎれこんだようだった。


12月 某日  晴れ

朝、家を出る時、手提げ袋のなかに細い木屑のようなものが入っているのに気がついた。
つまみ出してみると乾いた槇の葉だった。
これはきっと春日大社境内の槇の葉にちがいない、、と、懐紙の上にのせて、飼い猫が戯れたりしないようガラスの戸棚におさめた。