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夏休みの過ごし方 4




家にある一本の傘から8年前の夏休みのことを思い出してみる。



何度も奈良に行っているのに、古道として有名な山辺の道を歩いたことがなかった。
真夏に二泊三日で奈良に来て、予定のなかったなか日、ガイドブックによく紹介されている山辺の道の木陰の写真が思い浮かび、その辺りに行けばいくらか暑さが凌げそうだと考えた。
見たい古墳とお寺の近くから2〜3駅ぶんの距離を北に、山辺の道の一部を散策することにした。
下調べもしていなかったが道はわかるだろうと思った。

最寄駅で下車したのは正午過ぎだった。
時間帯のせいか誰も歩いていない駅前商店街のなかに、明治か江戸かと思われる古い木造の傘屋があった。
傘を求めるふりをして、いかにも奈良の町家らしい厚みのある木製の引き戸を開けてみる。
昼食をとっていた店主が店の奥に見える台所から出てきた。

店内には、今どこにでも見かけるいろんなタイプの洋傘が壁に掛けられたり大きな壷に立てられたりしていて、一画には番傘もビニール傘もある。
番傘は参考品ではなく普通に販売していて、手取りは重いが開いたり閉じたりすると、ぱふっ、ぱふっと、柔らかな感触だった。
物色をすすめると、持ち手のプラスチックの質感が懐かしい昭和の雨傘がひとつ混じっていたので抜き出してみる。
石突きや露先が少し錆びて、本当の金属の感じがする初期ワンタッチ傘だった。
雨上がりの小学校の帰り道に、閉じた傘の石突きを道路に引きずって歩いた時の音と手に伝わる振動を思い出した。
広げてみると布地はしっかりと張って、引きつったところが一箇所もない。
かんかん照りなうえに私が滞在中の奈良は雨が一滴も降らない予報だが、今日の記念に、また、店の存続を願って、その傘を買って持ち帰ることにした。

33面の三角縁神獣鏡が発掘された古墳の展示館を見学し、慶派に大きな影響を与えたとされる阿弥陀三尊仏のあるお寺をお参りし、案内の矢印に従って山辺の道に入った。

山辺の道って、もっと右側の山寄りじゃないだろうかと疑いつつ、田畑の間の舗装された道を歩いた。
ようやくに辿り着いた環濠集落内の商店で、来た道が間違いでなかったことと、これからの道を確かめて何かを買って飲んでひと息ついて出発したものの、舗装路のままだしいよいよ一面田んぼで身を隠せる日陰が全く無い。
道を逸れたのかも知れないと心細くなっても尋ねる人にも出会わない。
山の辺の道をこれ以上歩けない、と頭のなかが煮詰まり、炎天下に耐えられず買った雨傘をさして遠くに見渡せる架線を目印に下車した駅の隣駅を目指してさらに小一時間ほど歩いた。

と、覚えている。
何年続いている傘屋なのかなど、携帯電話で写真を撮ったりして取材すればよかった。