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2025年




あたらしい年を迎えました。
今年も古美術をとおして、皆さまと楽しいお付き合いができましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。


鏑木清方 松鶴画
年賀状を表装したものかもしれません。
古美術をとおして、とご挨拶をした矢先ですが、新春に気持ちのよい掛け物かと思います。






手直し

 

11月 某祝日  晴れ

待っていた都バスがバス停に入ってきた時、見かけなくなったと思い込んで、しかも先のブログに見かけなくなって懐かしんだ話など書いていた2本の国旗がバスの前面に交差されていたのでおのれの物事の見て無さ加減にまたびっくりする。
一緒に懐かしんだ友人の住む横浜市はバスに国旗をつけなくなって久しいもよう。


11月 某日  晴れ

数日前に買った、経箱を持つ童子形の銅像が可愛らしいので携帯電話でたくさん写真を撮る。
この像は、法隆寺に残る聖徳太子五尊像なかの聖徳太子の弟、殖栗皇子と同じように美豆良を結い経箱を大切そうに掲げている。
撮った画像を殖栗皇子としてsnsを投稿したところ、二人のかたから毘沙門天と吉祥天との間に生まれた五人の王子のうちの末っ子、善膩師童子ではと教えてもらう。
きっと善膩師童子は五人兄弟のうちもっとも賢かった子に違いない。

外来の宗教の受け入れに反対の物部守屋と争う崇仏派の蘇我馬子側についた聖徳太子は、四天王に勝利を祈願し、成就の暁には四天王を安置する寺塔を建てると誓う。
物部氏に勝利後、聖徳太子は四天王寺を建立し、誓いを果たす。

「聖徳太子と四天王信仰は密接で、聖徳太子を多聞天(毘沙門天)に見たて、殖栗皇子の図像を、善膩師童子からとった可能性もある」と言うメールも学芸員のかたからいただき、ほんの少し浮かばれる。

祝日

 
9月 某日  曇り

この美術館には観たい展示があっても少し遠いという理由で怠っていて、今日は写経の観賞のために6〜7年ぶりに出かけた。
緑の多い住宅街を歩いて行くと、同行の友人が「国旗だっ」と言った。
昨今街なかで見かけることの少なくなった国旗が美術館の門前に掲揚されているのが目にはいり、国民の正しい祝日のあり方という感じに喜んだ。
そういえば、運行しているバスの前に交差した2本の小さな国旗をいつから付けなくなったのか。
日曜祝日にも時々仕事が重なる私は、今日は国民の祝日だと都バスで気がつくことがあった。
「こうなってた」と、二人で両手の人差し指を交差させて旗竿の取り付けかたを再現したりして、少し前の祝日の光景を懐かしんだ。

天井の低い展示室は変わらず心地がよい。
並べられた写経を落ち着いて観賞できた。
それぞれの経文の書写された目的や時代背景が文字や装飾に顕れているのをあらためて確かめる。



帰りがけ、時折吹く風でもう少し国旗が広がった写真が撮れないかとしばらく待ったが見切りをつけた。

絵葉書




知人からある古い本を借りたら表紙が人勝残欠雑張だった。
四十年近く前、初めて東京国立博物館に行った折に売店で販売していた人勝残欠雑張の絵葉書を、その作品が何とは知らずに買ったことを思い出した。
童子に仔犬らしき動物が慕っているような無邪気な絵、中国風な色合い、新年を言祝ぐ十六の文字は、気持ちを朗らかにさせてくれる。
その時に十数枚ほど買ったのに、手紙を書き損じることも多いので投函する以前に減ってしまう。
東博を訪ねるたびにこの葉書を補っていたが何年かして見なくなり、もう手元にはない。
一枚残しておけばよかった。
人勝残欠雑張は染織品ということだが、正倉院展には二度しか行ったことがなく、実物を見たことがない。


調べてみると、人勝残欠雑張は1981、1990、2009年に東博での特別展に出陳されていた。
遡って計算すると、私が初めて東博に行った年は1991年なので、1990年に作られた葉書の在庫がなくなるまで売られていたのではないかと思う。
2009年に見られる機会を逃していた。

9回目

 

今年で9回目となる青花の骨董祭も、お陰さまで無事に、楽しく会期を終えることができました。
どうもありがとうございました。

これを機に、事務所にもお気軽にお立ち寄りいただけましたら幸いです。

SNSで、この事務所のことを店と呼ぶ宣言をしたのに事務所と言ってしまう。
外からの見た目はまるっきり事務所ですが、なかは店っぽくなってます。

植え込み

今年も「青花の会|骨董祭」に参加いたします。
しばらくお休みしての返り咲きのお店、初参加のお店もあり、ますます賑わいそうです。
骨董祭の詳細はこちらでご確認ください。
https://www.kogei-seika.jp/seikafes/2024.html


4月 某日  晴れ

事務所手前の植え込みのバラが咲いた。
昨年ここを内見に来た時に気に入ったバラだった。
越して来ると同時に始まった大規模修繕工事で取り払われてしまったのかと勘違いしてブログに根こそぎなくなっていたと書いた。
そのあと間もなく、束ねられていただけでまだあったことに気がついて、自分の観察を恥いって今日に至る。


5月 某日  晴れ

ホームページに紹介するために来月開催の催事の推奨品の写真撮りをする。
携帯電話で撮るのだが、色が実物になかなか近づかないのでいつも以上に苦労する。
今回のものは、あまり説明すると雑音になりそうだと考えてなるべく短い文でまとめたのが何かの拍子に消えてしまったり、、を繰り返して一日中パソコンにかじりついて本当に泣きそうになる。
外は謂わゆる行楽日和、これを毎年繰り返している気がする。

骨董祭に提出する草友舎の推奨品が2点とも仏教関係でないのは初めてのことということだけではなく、この2点を選んだことは自分にとって変化球の試みだ。



笹と南天のあいだにバラがある


桜(つづき)


3月 某日  曇り

今日は東京の桜の開花発表があるかもしれないと思って昼頃に事務所隣の靖国神社の標本木を訪ねてみる。
開花発表とともに世間が花見や宴会で浮かれる感じについてゆけず半ば冷めた気持ちで毎年ニュースを見ていたが、靖国神社の裏に事務所を移したので今年からはちょっと違う。
標本木の周りには人が集まっていて、数輪咲いている枝を写真に撮っていた。
私もその輪の中に入って、観測員を待つ報道陣を花をつけた枝越しに写真を撮ったりしたが、用事があるので観測員が来る前にその場から離れた。
晩のニュースには報道されなかったので、あんなに咲いていたのにと思った。


3月 某日  (天気を忘れた)

昨日はされなかった開花発表があった。
蘖に咲いた花は開花発表には数えないそうで、蘖、ひこばえと言うことばと意味を遅ればせながら知った次第。
それまでは、脇枝と言っていたが、蘖という漢字と読みの響きが古風に思えて気に入った。
以前に一度だけ、東京近郊の静かな公園の池のほとりで少人数での古風な花見をしたことを思い出す。
花見弁当作り係、飲み物係などそれぞれ担当があり、敷物は花茣蓙に限るとの皆の考えが合って、私は茣蓙を受け持った。
葉も出始めたころで、花弁がひらひら散るのを眺めるような集いだった。


この冬は不安になるほど寒くならず、3月に入ってから真冬のような日が多い。
桜の開花予想日も延びた。
桜前線に合わせて出かける計画をたてることもなく、普段の自分の行動範囲内で眺める程度なので、そのようなニュースをあまり気にしたことがない。
用事で出かけた先でたまたま景色の良いところを通りかかり、見頃の桜を眺められることがある。
そんな時は思いがけないご褒美のようで嬉しい。
私にとっての見頃は三分咲きくらいだろうか。

昨秋移転してきた今の事務所の隣の神社には東京の桜の標本木がある。
観測員が双眼鏡で開花を見極めるニュースを少々大袈裟ではないかと毎年思っていたけれども、せっかく近所なのでその様子を見に行ってみたいような気もしている。

2024

 
年が明けて半月ほど経ちました。
いつ何時でも、何処でもさまざまなことが起こりうることをあらためて思い知るような今年の始まりでした。
遅くなりましたが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。


*      *      *      

近所の公園の木々を自分の基準としているので、他では少し違うかもしれない。

5年前からはとうとう落葉しきらずに大晦日になって、年々葉の残りかたが増えてきて、今年は銀杏の樹が黄葉した葉を多くつけたまま晩秋の趣きで年を越した。
北風がすっかり葉を吹き飛ばして枝だけになって、きりっと新しい年を迎えたいような気がしている。

水仙


おかげさまでこの一年も無事に過ごすことができました。
9年前に開業してから4度目の移転、ようやく落ち着き、事務所は店らしくなりました。
参加した催事での他は花を活けることも一年間怠っていましたが、少しづつ、慣らしていこうと思います。


12日  某日 晴れ

区が管理する近所の躑躅の植え込みの隙間に生えていた白い水仙がみな折れていた。
何か大きなものが乗ったか倒れたようなありさまだった。
この、あまり見かけない水仙は、毎年この時期通りかかるたびに気に留めていた。
これなら好都合と思い、店で使うために一本選んで切ってくる。
この水仙を検索すると、ペーパーホワイト、和名はシロバナスイセンと呼ばれることがわかった。
佇まいが清楚でミッションスクールの生徒を思わせる。
私は水仙を活けるのにはとても技術がいるような気がしているので今まで買ったり摘んだりしたことがない。
花器に経筒を選んだ。
案の定、葉が思うような向きにならず経筒の中心に据えたくても据えられず、30分以上こねくりまわして終いには諦めて入れたものをSNSに投稿する。
生け方ではなく、純白の水仙を見てもらいたかった。