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こだわる


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骨董の共直しを見極めるぐらい真剣にふたつを観察する。

押し加減のちがう、同じ版のものかと思ってたけどやっぱり同じ版ではなさそうだ。


だいぶん食べすすんでしまってから何の気なしにならべて、それぞれの顔の表情を鑑賞する。
今は6個しか残ってないけど、買って袋を開けるたびにこのおびただしい数の『福だるま』の顔がみんな違うのが不思議で毎回作り方を考える。

浄瑠璃寺の印仏みたいに百体ならべてみたくなった。
でも今度京都に福だるま買いに行けるのずいぶん先だなぁ。

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上段右と左は同版か。
百体でなくともせめて十二体一版を表現してみたかった。

1月4日


桑名にある神社をお参りしてから奈良に入る今回の旅の計画のそもそものきっかけは、、。

江戸時代にその神社から出土した平安時代の和鏡と同じ様式のものを昨夏買ったので、これはいっぺん、その神社の蔵する鏡や他の宝物も見てみたいと思い立ったことにはじまる。

8月頃だったか、神社に電話で宝物の拝観について問い合わせると電話に出た女性から、「宝物は普段一般公開していませんが毎年元旦から数日間だけ宝物館を公開してます。 期間は年によって変わるので、年末くらいに問い合わせていただければ」 と、案内された。

暮れに電話をしたら今回は4日までとのことだったので、5日出発予定を無理して一日早めてやってきたのである。

最寄り駅から神社まで歩く25分ほどの道のりのほとんどは田んぼと山のあいだの道路で単調だが、途中、江戸時代からのお店とみえる菓子屋があったので、お参りした帰りに寄ろうと決めて通り過ぎた。

それまで歩く人もほとんど見当たらなかったのに神社に着くと、私とは別ルートから車でやってきたのであろう参拝客でごった返している。
たこ焼きやフランクフルトのにおいが漂ってくる。
「マイカーのお祓いはこちらから」という道案内も出ている。

鳥居をくぐり石段を上がると小屋に神馬がいて、参拝客がひっきりなしに差し出す一皿100円の人参を休みなく食べつづけている。
神馬の面影を観ようにもうまくゆかない。

思い描いていた神社の情景とちがって戸惑ったけど、これから平安の鏡や五鈷鈴と対面だわ♡、と、気を取り直し本殿より手前にあった宝物館に近づいてみると「新春振袖展」(だったか?)と書かれた看板、、、。
胸騒ぎをおぼえながら中をのぞくと新品(?)の振袖のミニチュア(?)が展示してある。

受付の巫女さんに鏡や五鈷鈴のことを聞いたけど若い彼女はわけがわからず困惑して、でも私は彼女よりもっと困惑してこれこれしかじかの事情を泣き出したい気持ちで訴えたら社務所で訊ねてみるよう促された。

社務所まで引き返して、東京からわざわざこの日にここまでやって来た経緯を話すも皆、私のせいではありません的な応対。
いったいどういうことなのかとカウンターでねばってやっと聞き出せたことは、1月9日からの2週間、津市にある博物館に出品するため和鏡30面すべて貸し出した、とのこと。
お参りもせず神社を飛び出す。

ぶりぶりしながら駅に戻る。
お菓子屋寄るの忘れた。

次の電車が来るまで40分。
これから名古屋に出て新幹線を使って奈良に着いてもどこのお寺の拝観も間に合わない。

木津川を右に見ながら南山城の仏たちを想い、ゆっくり関西本線で奈良に入る。

2016


あけましておめでとうございます
おだやかな、よい一年となりますようお祈りいたします


自分の店としてのスペースをひらいて一年と少しですが、予定通りこちらのビルの都合上、来年の三月までにはこの一室からの移転先を探さなくてはなりません。
毎年恒例の東京アートアンティークをはじめ、この空間を活用した企画展など、日々を楽しみつつやっていきたいと思っております。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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開店当初は鹿の埴輪と古式な鉄灯籠と小品が数点ならんでるっきりでした。

9日より営業いたします。

居酒屋考


2013年   某月 某日

六本木の美術館で催されていた「もののあはれと日本の美」展を観にいく。

「もののあはれ」とはその語感から、なにか物悲しく儚いイメージにかたよられがちだが本来は、四季の自然の移ろいや人生の機微に触れた時に感じる情趣に賛嘆や愛情を含めて深く心にひかれる感じを意味していたとされるとのこと。
その、日本人が古来から育み洗練させた美意識を、平安時代以来の美術の世界にその継承と変化の様相をさぐろうというこころみである。

展示は、「もののあはれ」の源流となる平安貴族の生活と雅びのこころから生まれた物語絵、美しい料紙に書かれた和歌をはじめ漆芸や染織などの工芸品から近現代の風俗画へとすすんでいき幅広い。

いかに「もののあはれ」が時代により更新されつつ日本美術の核心部分に息づき叙情ゆたかな美術の世界をくりひろげてきたか、あらためて気付かされる。

永い年月、日本の人々に大切にされ伝わってきた展示品それぞれの経年による静かな古びた味わいが、さらにそのおもむきを深めているように思う。

ゆっくり堪能して会場を出るとそこには、「もののあはれ」なんてすっかり忘れさられたような街の景観がひろがっている。

そこで私は自分が通ういくつかの居酒屋のうちで私がいちばん「もののあはれ」を感じる店はどこか、考えてみた。

私は古くからのまま今に営んでいる居酒屋を尊んでいて、足が向く店は自然とそういう店がほとんど。
小料理、割烹といった店にはけっこう「もののあはれ」を感じるところがありそうだけど、店主やお客さん同士との距離感が近く、会話の気の利かない私はそういったところにはあまり行かないので、大衆的な居酒屋のうちで順位をつけてみた。

第一位    南千住の大林

そこに身を置いて飲んでいて、けっして面白おかしく楽しいといった気分とはちがうのに、なんでこうも胸にしみじみとくるのか。

展覧会場のパネルで読んだ本居宣長の『「もののあはれ」を知ることこそが、人生を深く享受することにつながる』との指摘、ちょっとわかったような気になる。

再開発や後継ぎがいないなどで、なくなってしまった店もいくつか思い出される。

今の時代、もののあはれを感じるような店が存続していくのは、むつかしいのです。

マイホーム


あふれふくらんでゆく情報社会の片隅に、小さな家ができたきぶんです。ホームページとはよく言ったものだと今さらながらに感心しました

パソコンは不慣れですが、折々に好きなものをご紹介できればと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。


草友舎 五十嵐真理子